第2話:インターネットとCGに出会った大学生時代|かずログ
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第2話:インターネットとCGに出会った大学生時代

インターネットとCG

大学に通った4年間でぼくは大きな2つの出会いを果たした。

 

それは、インターネットCG(コンピューターグラフィックス)です。

 

小中高と学生生活を過ごしてきて、社会への漠然とした疑問と自由に生きていきたいという思いをもつようになったぼくが、いよいよ大学にいくことになった。

 

大学に通うことで、自分が本当にやりたいことの手がかりが見つけられるんじゃないかという思いがとても強かったことを覚えている。

 

大学は立命館大学の経営学部。当時は学生の街とも言われた京都市にキャンパスがあり、大阪にも阪急電車1本で行ける「学生の街」にふさわしい、学生にとって環境のいい大学だった。

 やりたいことが見つからなかった3年半

悩む

希望を持って大学へ入学したのはいいものの、やりたいことが簡単に見つかるはずもなかった。

 

情報の仕入先はテレビ、雑誌ぐらいしかなく、インターネット黎明期でもあった1995年から1997年は、今みたいにインターネット接続環境は整ってなくて、インターネットに繋ごうとしても下宿先には接続環境なし、大学の限られた場所にしか閲覧できる場所はなかった。

 

圧倒的に手に入る情報量が足りなかったあのころ、自分の周りを見ることで精一杯。毎日を過ごすことしか考えずにただ日々が過ぎていった。

 

楽しみといえば、やはりゲームだった。初代PSが発売され、友人と遅くまで遊んでいる日がほとんど。

 

入学したころの気持ちはどこへやら、成長どころか退化していった2年半だった。

 

そんな生活の中でも、自分の意思で決めて動いたことはあった。

 

1回生のとき、親戚の葬儀で帰省したとき偶然会った東京の大学に行った中学校時代からの友人と偶然会い、その場のノリで東京に講義そっちのけで1ヶ月ほど遊びに行ったことです。

 

理由は、”面白そうだった”から。

 

同じ大学の友人には呆れられましたが、面白そうっていう理由だけでスッと体は動いた。この時期でいちばんおもしろかった出来事です。

 

自分の意思で、面白そうって感じたことを実行するのがとても楽しいと改めて思った瞬間だった。

デジタルハリウッドとの出会い、 インターネットとCG を学べる

デジハリとの出会い

3回生になったある日のことだった。

 

友人がふと声をかけてくれたことにぼくはすぐに飛びついた。

 

「お前、ゲームとかパソコン好きやん。今度デジタルハリウッドってCGやホームページとかの制作を教えてくれる専門学校の学長が公演に来るらしいで! 行かへん?」

 

こんなおもしろい偶然があるんだろうか。小学生からずっと好きだったゲームやホームページの作成を教えてくれる学校があるなんて!

 

学長(杉山知之さん 現デジタルハリウッド大学院、同大学学長、デジタルハリウッド学校長)の公演の内容はとても未来があった。

 

これからの時代、必ずインターネットは生活の一部になる。また、CG(コンピューターグラフィックス)技術はゲーム制作の要になると熱く語っていた。

 

即決!

 

コースはHTMLコースとCGコースの2種類あったが、ゲームを作りたいという小さいころからの夢をとって、CGコースに行くことを決めた。

 

一気に未来が明るくなった。

 

まさかの結末、卒業後の自分は

レールの上

デジタルハリウッドの学者は大阪の梅田にあった。

 

大学に通いながら、CGの勉強をすることになりとても大変な状況になったが、それでもぼくは生き生きとしていた。

 

3回生が終わり4回生になり、周りが就活をしている中、ぼくは一所懸命CGに打ち込んでいた。

 

UNIXの操作から始まり、CGソフトを使ってのモデルの作成。キャラクターを描くためのデッサンの勉強など、とても刺激的で楽しい時間だった。

 

ある程度扱えるようになってきたころ、その知らせはやってきた。

 

祖父の死

 

体が悪いことは知っていたが、老衰ということだった。

 

その知らせを受け、急いで帰省。葬儀のあとに親から言われた言葉が、

家に帰ってきなさい

 

泣けてきた。田舎特有の固定観念にとらわれた、固い思想の持ち主でもある両親。

 

今回のできごとで言われるかもというのは少し予想していたが、まさか本当になるとは・・・

 

少ない家計から学費を払ってもらっていた自分は言い返すことができず、夢半ばでデジタルハリウッドを休学 →  退学 した。

 

3たび敷かれたレールの上を歩くことになった。

 

就活をしていなかったぼくにとって、就職氷河期と言われた当時、募集時期もとうに終わっていたんで、中途半端に面接に行っても採用してくれる企業もなく、途方にくれていた。

 

そんな中、両親が地元の役場で日々雇用を募集してるから行ってみたら?

 

と誘いを受けた。公務員って固そうだしイヤだと渋るぼくを強引に面接に連れて行き、結果は採用。

 

思わぬ幕切れが訪れた大学生活だった。

 

ただ、デジタルハリウッドとの出会いはとても感謝している。ゲームを作るにはどうすればいいのか右も左もわからなかったぼくが、制作過程を知ることができ、技術の一端を触ることができたのは、今とても役に立っている。

 

また、インターネットの可能性をここで知ることもできた。

 

この経験は、ぼくが今こうして職を辞してやろうとしていることへの大きな自信になっています。