第1話:ぼくという存在ができあがった 学生時代|かずログ
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第1話:ぼくという存在ができあがった 学生時代

学生時代

改めまして、みなさまこんにちは。かずっちゃ(kazutcha01)です。

 

ぼくは、2018年3月31日をもって、いままで17年間地方公務員として働いてきた役所を退職しました。これからはどこにも属することなく自分の旗を振って生きていきます。

 

公務員という職種に自分があっているのかいないのかに悩み続け、家庭の事情も絡んできたこともありぼくは辞めることにしました。

 

それ以外にとても大きな理由があります。それは「一度きりの人生、自分の生きたいように生きたい」と強く思うようになったことです。その根底には、「ぼくは会社に行って働くのはいやだ」と小さい頃から持っていた社会に対する違和感があります。

 

 

公務員っていう安定した職を捨てて何をしようとしているんだと思う人がほとんどでしょう。

 

でも、ぼくは後悔していません

 

ぼくの心境を言葉にしてみると、楽しさ9割・ドキドキ1割です。これからが楽しみで仕方ありません。

 

このブログで「自分を発信していく」と決めたんで、まずはぼくがどのように育ってきて今にいたっているのかをさらけ出すことにしました。

 

まずは、先ほども書きましたが社会に対する違和感を感じるようになった、いまのぼくという存在ができあがった 学生時代 のお話をしようと思います。

 

ファミコンという革新的なゲームとPC8801にハマった小 学生時代

小学生時代

ぼくが産まれたのは1976年(昭和51年)、高度経済成長が終わりをむかえ、安定成長期に入った時代に岐阜県で産まれました。

 

父親は工場勤めのサラリーマン、母親は服飾の裁縫(いわゆる内職)で生計を立てていた普通の家で育っていきます。

 

正直、小学生時代 の自分がどんなんだったかっていうと、熱しやすく冷めやすい性格でおもしろいと思ったことはすぐにハマっていたにも関わらず、飽きるとすぐに熱が冷めてしまい、何をやるにしても長続きしない性格でした。

 

小学生の定番、スポーツ少年団も同じで、剣道から始まって水泳、野球と3つの種目を渡り歩いてきました。結局どれも長続きしなかった。

 

 

そんなぼくが長い間ハマったのが、ゲームです。小学校3年生のときに親にせがんで買ってもらったファミコンは、毎日ゲームの種類は違いますが、飽きることなくやり続けていました。これだけは続けることができた。

 

また、いとこ家にあった当時画期的な進化を遂げたパソコン、PC8801上で動いていたゲームをを目の当たりにしてこれは何てすごい機械なんだって衝撃を受け、これまた親にせがんで買ってもらい、ひたすら遊び続けていました。

 

そんな毎日を過ごしているうちに、なんとなくゲームを作る人になりたい!と思うようになり、卒業文集にまで書いていた。

 

 

それくらいゲームが好きだったぼくは、ゲーム関係のテレビ番組をみてゲームをやって生活をしているプロ(名人)がいるんだっていう衝撃を受け、憧れをもつにまでなりました。

 

対して、父は会社から帰ってくると疲れて寝てしまう日がほとんどで、好きなことをやって生きている人と比べてなんでこんなにしんどい思いをしているんだろうと、小学生ながら会社には行きたくないなって思うようになりました。

 

レールに乗ることをしぶしぶ選んだ中 学生時代

レールの上

そんなませた考えを持って中学生になったぼくは、右へならえって言われてならうのが嫌いな、はねっかえりな中学生でした。ゲームで勝ちたい、負けたくないっていう気持ちが幸いしたのか、部活でも勉強でも負けたくないという思いだけでそこそこの成績はとってました。

一応、中体連の壮行会で、全部活代表であいさつするくらいは頑張ってました。

 

 

小学生の頃からハマっているゲームはあいかわらず続けていて、中2の冬に発売されたスーパーファミコンを発売日その日に買い、遊びまくってました。が、ネットも何もなかった当時、高校に行かないと即就職になるっていう現実を知った。

 

特別なスキルを持っているわけでもない中学生が遊んで暮らせるほど、世の中は甘くない。

 

当時、中卒の働く先といったら土木系の仕事に一直線。

 

これはまずい、ぼくが遊んで暮らすためには高校・大学に行かないといけないといけないんだって気づき、ちょっとだけ社会のことを考えるようになり、レールに乗ることを選びます。

 

自由に選ぶという考え方を知った高校時代

freedom

無事、高校受験を終えて高校に進学をすることができました。ぼくが通った高校は、文武両道をモットーに勉強をするもよし、部活に精を出すのもよしといった自分たちでやりたいことを決めて打ち込むといったスタイルで、当時の公立高校にしてはとても自由な雰囲気がある学校。

 

今思えば、この高校を選んで正解だった。

 

 

自分の責任で何をするかを決めて、そこに向かって進んでいくこと、そしてそれが違っていたら軌道修正してまた進んでいくということをしっかりと3年の間実行することができたからです。

 

またここで知り合った友人は、とても考え方や行動がとてもおもしろい人がとても多かった。今では起業したりしてとても活躍しています。自然と交流は続き、今でも付き合いがあります。

 

 

このようなとても自由な環境で生活して気づいたことがあります。ぼくは縛られることが嫌いなんだと。

 

このことに気づいたのはとても大きかった。

 

小学生から続けているゲームもあいかわらず続けていて、RPG(FFシリーズ)にハマってました。惰性でもなんでもなく、ホントに楽しかったから続けていました。小中高と続いた趣味はこの先も続いていくことになります。