【苦行】我慢の限界はどこにあるんでしょうか

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人間の我慢の限界、ストレスに耐えれるキャパっていうのはどこにあるんでしょうか? 最近つくづく思います。限界は人によって様々です。言われたくない言葉を言われたとき、仕草が気に入らない、陰湿なことをされたとき、などなど・・・

我慢することについて、いま限界を迎えていることが自分でもわかります。みなさんも「あ、もうダメだ」って思う瞬間を一回は経験あると思いますが、まさにその状態です。

「我慢」はすべき?

我慢はすべきなんでしょうか? もちろん、するべきところはわきまえているつもりです。

でも、自分が消耗してまで我慢する必要はないんじゃないかな。ホントにいま消耗してます。これ以上我慢することはおそらく無理なんじゃないかと自分で思ってます。

我慢することで何がいちばん消耗するかっていうと、精神力ですね。ホント命削られてるんじゃないかって思うくらいです。

ちなみに、ぼくが嫌いなことは陰口と、人を落として自分が優位に立とうとすること、または人の欠点しか見ずに人を判断することです。

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閉じられた世界の弊害

狭い世界で長い間過ごすことの弊害っていうのは確実にあります。いつも顔を合わせる人が同じだと、不思議と話題っていうのは中の人ばかりになるんですよ。これは間違いないと思います。

しかも、決まって人の悪い部分しか話題にならないです。何で良いところを見ることができないんでしょうね。話題も狭い範囲で起こったことばかりで、閉塞感がハンパないです。

しかも、ぼくを含めて中にいる誰を見てもそうですが、みんな我慢しているんだなって思います。

消耗するくらいなら・・・

このまま消耗し続けると、いつか壊れそうな気がしてなりません。このままでいるくらいなら、せっかく新しいことに挑戦している真っ最中なんで、自分のやりたいことをやる、小さな一歩でもあり大きな一歩を踏み出す時期がきたのかもしれません。

【重要】まずは今できることを「小さく」始めよう

自分の半径5メートルを大切にして今を生きていきます。

最近書いたブログですが、ホントにいまいるところから飛び出した世界で生きていくことを楽しみにしているぼくがいるのがよくわかります。

それでも耐えるための処方箋

飛び立つことができない、まだその時じゃないって思っている場合は、こう思って過ごすのがいいんじゃないかな。

「評価っていうのは他人が勝手に思っていること」

アルフレッド・アドラーの提唱する心理学の考え方です。ぼくもこの「アドラー心理学」を基に行動しています。我慢をしているみなさんに少しでも足しになればと紹介します。

 

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